たにしろぐ

日記というより備忘録です。

就活でよく使ったものを語るだけ

 

就活に必要なものをいくつかあげて、いちいちコメントをつけてみました。
就活サイトは数あれ、案外「現場の声」がないもので歯がゆく感じており、義憤に駆られてこんなものを書いてしまいました。


なんというか、奴らの書くことはうわべだけの綺麗事が多すぎて、就活サイトで言ってたことをやる→意味がないor考えすぎ→修正する を延々と繰り返していたので、クソかよ!と毎度なっていました。
まぁいち個人の感想なので、業界によっては別のスタンダードがあるかもしれませんし、全勝デッキでもなんでもないので、このスタンダードによって減点されて面接に落ちてる可能性もあります。
その辺はご了承お願いします。

 

 

A4クリアファイル


色々と必須なものはありますが、絶えず必要とされていたのはクリアファイル。出席票やらESやら色々なA4用紙に囲まれるなかで、それをきっちりと保管しておけるものは必須です。
ものは良し悪し関係ありませんが、オタクファイルや御社とは別の会社のクリアファイルを持っていくのはどうかなと思います。前者は言うまでもなく、後者は営業職とか志望するならその辺の気遣いは必要なのかもしれません。トヨタに営業するのにホンダ車では行かないでしょう…みたいな。気にしすぎかな?とも思いますし、わざわざ見せるようなこともないので、そんなに気にすることでもないのかもしれません…と書きながら思います。そこで悩むくらいなら大学のクリアファイルあたりにしておけば品質もそれなりなんで十分では。悩んだらとりあえず大学の。これは結構なんでもあてはまります。

 

 

ノート

 

説明会や座談会など、ノートを取る必要がある局面が増える前半では特に必要です。普通のA4キャンパスノートから「就活ノート」みたいな仰々しい名前のついたノートまでたくさんありますが、個人的なオススメはB5サイズ、リングタイプの無地のノート。ルーズリーフだとなお良しですね。B5サイズなのは片手で支持できるから。説明会の立ち見はもちろん、あってもせいぜいパイプ椅子席ひとつ分のスペースしかないので、コンパクトなのはそれだけで優秀です。リングタイプなのも同じような理由から。見開きでノートを開くのは結構無理があります。イチオシしたいのは無地である点。説明会や座談会に於いて、ほとんどの場合、説明や報告はスライドショーや口頭で話が進みます。となると、聞いているうちに次々と情報が出てくるわけで、それをひとつひとつ拾っていくとなると、自然と書かれるノートは色々なところから伸びてくる矢印やアンダーラインでぐっちゃぐちゃになります。場合によっては話している方の顔を見ながらノートを取る必要があるかもしれませんしね。(少人数での社員との座談会とか)罫線があるとついつい整理することに頭が行ってしまい、そのカオスを整理することができず、大切な情報を集めることができない場合があります。どうせ人には見せませんし、綺麗に書きたいならこのノートを別のところでまとめればいいのです。1次ノートなんて汚くて当たり前、小綺麗な方が問題なわけです。ルーズリーフならページの追加など、カスタマイズもできますからね。50%の出来でもとりあえず完成させる。これが大切です。いくら綺麗でも途中で終わってたらそれはゴミです。


「就活ノート」を実際に使ったことはありませんし、サンプルを見ただけで想像しますが、最終的にまとめるには良さそうですし、比較したりするには非常に良さそうですね。ただ、1次ノートとしてはまとまり過ぎています。まとめるためのノートなので、書かれている項目が「福利厚生」「強み」などの頭痛ワード*1のような形で画一化されており、書かれていない項目の話をされた時の対応力に難がありそう。
あと、自分はなんとなくやりませんでしたが、企業側の配布資料に直接書き込むというのもありだと思います。大学生らしく言うと、配布資料そのものをレジュメ、と思い込むやつですね。ノートするには非常に楽チンです。ただ、企業ごとの冊子はフォーマットがそれぞれ異なりますし、某広告会社のように教科書レベルの冊子を寄越してくる場合があるので、その辺は臨機応変な対応が必要ですね。
ちなみに、自分の「なんとなくやらなかった」理由は企業側からのマイナスイメージを恐れたから……というわけではなくて、綺麗にまとめられた冊子に直接自分の汚い字が載るのが許せないという個人のポリシーによるものです。直接書いちゃってたぶん問題ない。たぶん。

 

 

ボールペン


筆箱を持っていくのもありだと思いますが、自分は胸のポケットにボールペンを刺してました。筆箱、結構かさばりますからね。とりだしにくいし。

使っていたのは就活序盤にフラッと立ち寄った表参道のラミーで買った3000円くらいする結構いいやつ*2です。ノックするときに音が出ないのがポイント。話聞いてるときにカチカチ鳴らすのは取り調べの時で十分。
ただ、デザインがカッコよすぎて自分の手にはあまり合わなかったので最後の方は普通に三菱のジェットストリーム使っていましたが…。
面接前に外すのをお忘れなく。
シャーペンという手もありますが、間違えた時に消しゴムを出して消して……より横線でビッ!となかったことにすることが多かったです。
ただ、シャーペンはその場でES書かせる系企業に必要なので、1本持っておくといいかも。

 

 

ホコリ取り


無印良品で300円くらいで売っていたホコリ取り。スーツ着用時就活の功労者です。これなかったら5-6社は余計に落ちていた自信があります。

黒のスーツに白いホコリはちょっと見栄えが悪いので、面接前とかのトイレ、グループディスカッション前のちょっとした時間にホコリ取りを使ってました。清潔感は大切。

 

 

フェイスシート


どう呼ぶべきでしょうか、顔拭くスースーするウェットシートです。ギャッツビーとかコンビニで売ってるアレですね。長丁場や企業をハシゴになるとどうしても脂ギッシュな顔面になるので、それを鎮めるために使ってました。脂を抑えるというのもそうですが、トイレでガッシガッシと顔を拭くと、気持ちもリセットされていい緊張感を纏うことができます。一度長いこと使っていないものを使おうとしたら、アルコール臭がものすごいことになっていて、気付かず鼻の下を拭いたあたりで「エンッ!」となったのでそこは注意。ゲロ吐くかと思った。

 

 

カロリーメイト&ウィダーインゼリー


日本を代表する、スピード飯のツートップです。自分はカフェで2時間潰せない多動性気質のある人間なので、説明会や面接を入れるとき、ご飯が食べられない、食べるとギリギリ…という感じのスケジュールを組むことが多くありました。

そんな状況に強いのが彼らです。食べない、という選択肢もありますが、説明会中にお腹が鳴るのは非常に恥ずかしい経験なので何か食べておくのが精神衛生のため。
このツートップの使い分けとしては、カロリーメイトはボロボロこぼれるという弱点があるので、会場までの道で食べる用。ウィダーインゼリーも結局はゼリーなので、説明会前、会場到着後流し込む用として考えていました。
自分は説明会前にいそいそと食べるくらいなら、少し我慢して、説明会後にゆっくりとご飯を食べる派の人間でした。満腹だと眠気も誘われますしね。

銀座で食べた天丼は美味かった。

 

 

モバイルバッテリー


Anker製の普通のモバイルバッテリーです。大したものではありませんが、私の就活はiPhoneが不具になるとかなり面倒なことになるので必須でした。というか、これだけスマホに依存される昨今、予備のバッテリーを持たず、充電ないないと騒ぐとはなんと愚かなことか!2-3000円で買えるので高い高いとダラダラせず買っちまえばいいのです。今しか着ないヨレヨレのTシャツよりもよっぽど価値あるものです。
個人的には1番小さいので大丈夫かな、という感じ。古いスマホでバッテリーを食うならそれに合わせて大きくしましょう。大体容量があるので、5000とか15000とか。すまんが単位は忘れた。1回2000-2500くらいだと考えればわかりやすいかな。

 

 

イヤホン


外界と隔絶するための大切な装備です。自分はこれがないとストレスで死んでしまいます。

 

 

USBメモリ


結構大切なもの。参加票をコンビニで印刷するときに便利です。コンビニの印刷機への読み込み速度を上げたければ、USB3.1の規格を使ってみたり、中に入っているものを削除しつつ使いましょう。大して変わりませんが。容量については、就活に使うぶんには割となんでもいいと思います。書類しか入らないので。

 

 

ハンカチ・ティッシュ


なんだか小学校の遠足を彷彿とさせる持ち物です。両者ともマナーですね。ハンドブロワー強者ならいらないですね。

 

 

ビニール袋


旅行好きなので実感として強く持ってますが、ビニール袋は1枚あると結構いろんな用途に使うことができます。水に濡れた傘を入れたり、ゴミ袋にしたり…。壊死した足にはめると…。

 

 

医薬品


下痢止めや頭痛薬など、縁があるない関わらず持っておくといいかもしれません。1回ぶん以上は使わないはずなので、適当なピルケースに入れておけばOKです。万全の状態で面接に臨みましょう。

 

 

折りたたみ傘


小さいと小さいだけいいですね。
スーツ、ビジネスバッグは水に濡れると急に見すぼらしくなるので、晴れの予報がガッツリ出てても一応持っておいた方がいいと思います。

 

 

バッグ


いわゆるビジネスバッグを使っていましたが、男性は(なんちゃって)革のバッグがほとんどでした。自分はサムソナイトの1番安いモデル、ナイロン製のやつを使ってました。なんちゃって革嫌いなんですよね。中途半端ならむしろ合成繊維に走ります。
ナイロン製もチープではありますが、雨には強いし、頑丈だし、でいい相棒になってくれました。上には上がいるでしょうが、2-3ヶ月もってくれればそれでいいのです。
就活サイトなんかを見ると「自立するものがいい!」と書かれていることが多くありますが、これは必ずしも重要ではないかな、という印象。確かに自立を求められることもありましたが、受けた企業のほとんどで横の椅子に置くように指示され、自立もなにもなかったからです。正直、バッグに関しては各々のポリシーで大丈夫だと思います。ビジネスバッグと銘打たれているものならまぁ問題ないでしょう。たぶん。

 

 

スーツ・靴


両方とも無地黒のトップバリュ。ワイシャツも普通のもので、ネクタイだけは貰い物のポールスミス。スーツの高さはよくわかりませんね!!正直、クソザコ新卒がいいスーツ着てどうすんねんという気もします。トップバリュ使ってる人から見たら。


スーツの柄は無地黒が圧倒的多数ですね。まれに他の色や柄も見ましたが、体感3-40人に1人くらいの割合です。というか、服装って減点対象ではありますが加点対象ではないと思うんですよ。加点対象になるのは顔ですよ、服装ではありません。
とはいえ、(もはや逃げ口上ですが)業界によっても変わるかもしれません。偏見で物を言いますが、紺とかのスーツを着てる人は不動産の営業のイメージです。オラオラ。

 

 

付箋

要はポストイットです。バッグに入れていたわけではありませんが、これがすごく便利。

ESの締め切り日など、日付と企業名を書いて壁に貼っておけば、やってくる大量のタスクとスケジュールの確認が結構楽になります。よく考えてください、私たちは10も20も一度に宿題(タスク)が出たことはないはず。それをうまくこなさなければいけないわけで、ちょっとした工夫で締め切りで受けることもできない!なんてことが減ります。

まぁ、私の場合はExcelでも進行管理して*3それでも2社ほど取りこぼしてますが…。

 

 

 

Apple Watch Series 2

 

広告枠です。
FeliCa内蔵で色々な場面で手助けをしてくれた頼れる相棒です。MVPかもしれません。
素晴らしいスピードで同期されるカレンダー、取り忘れのない電話・メールの通知。登録されたSuicaでの買い物は手首をかざすだけ。チャージもiPhoneからだったのでまさにキャッシュレスです。マップは曲がり道の通知機能でiPhoneを見ずとも目的地に案内してもらうことができ、なんだか本当にお世話になりました。もう普通の時計が使えません。
必須ではありませんが、使いこなすと非常に便利です。

以上、広告枠でした。

 

 


逆に持たなかったもの

 

 

 

名刺


意識高い系と呼ばれる人の持つアイテムとしてあまりに有名な名刺。個人的には別にありなんじゃないかな、と思っています。就活は自分を売り込む必要があるわけで、その意味で名刺を担いで行くのはまずまず道理の通る話ではあります。ただ、内定者の人が嬉々として「名刺を作りました!」と語る企業には入ろうと思う気がしませんでした*4し、裏にお礼の言葉を書いて渡していた、という話を聞いたときにはお前は風俗嬢か?と思ってしまったのもまた事実です。名刺以外の面で差を見せた方がいいのかもしれませんね。

 

 

整髪剤


コッテコテの髪型が似合わない、嫌い、というか付けてるタイプの人間ではない、という理由で持ちませんでした。若くていいじゃん、新卒が若くなくてどうするんだ?と髪型に関しては割とラフにやってました。ただ、企業の体質的にはマイナスに響くこともありそうですね。

 

 

手帳


iPhoneApple Watchを持っており、進行管理もExcelで行っていたので、用意する必要がありませんでした。スケジュールは意外と急に変わったりする*5ので、それに対応できるようなものがいいかもしれません。Apple WatchがなくともITでスケジュール管理は余裕ですし、今時どの会社も導入しています。リマインダなど、ライフハック的なことはこの就活で結構多くありましたが、Apple Watch Series 2 とExcelによる進行管理はその最たるものでした。もしかしたらここにあげるかもしれません。と思いましたがあまりにも個人情報なのでやめました。

 

 


と、まぁ雑多な感じで幾つか書いてみました。2-3ヶ月も同じようなことをしているとバッグの中身も固定されていきますが、固定させるまでが本当に大変でした。個人的にはその試行錯誤も含めて結構楽しんでましたが、錯誤すると結構大変なことになるのも事実。
しがない学生の哀しいこだわりでしたが、少しでも役に立ってくれたら嬉しいです。

*1:強みとか弱みとか薄っぺらいこと言い出した奴の頭をカチ割ってやりたい

*2:これがラミーの本場、ドイツ(ベルリン)だと1500円そこらだから本当に腹立つよな!

*3:これがなかなかいい

*4:某日本を代表する大家電メーカーの下の営業会社。悲しい哀しい小規模小売店を支える健気な企業です。

*5:例えばA社選考を10時から予約していたが、B社が10時からの選考枠しか空いてなかった。どうやらA社を午後からにズラせば大丈夫なようだ…。よし、A社を午後からにしよう!という感じです。

ある日更衣室で見つけた会話

 

更衣室で着替える、バイトの同僚二人。

高校生くらいだろうか。

片方は小林、もう片方は尾形って感じの顔をしていた。

 

小林「尾形さん、自分、高校、男子校なんすよ」
尾形「え、そうなの?出会いないじゃん」
小林「そうなんすよ、なんでこないだ出会い系やって」
尾形「マジかwwwwそれで?」
小林「仲良くなった子がいてー」
尾形「うんうん」
小林「会おうってなって」

尾形「うお、マジか!」

小林「明日の7時に池袋…だっけな、で待ち合わせするつもりだったんですけど」
尾形「おう」
小林「なんかビビっちゃってー。」
尾形「あー」
小林「それを西村さんに話したんすよ」
尾形「西村さん結構チャラいらしいね」
小林「そうなんすよ。そしたら西村さん、3万ぐらいとられても俺ならやるよって」
尾形「(笑って)さすがだなwww」
小林「西村さんってでき婚らしいじゃないすか」
尾形「あー、こないだの飲み会で言ってたわ」
小林「あれ、自分と結婚して欲しかったからしたらしいですよ」
尾形「やべぇなそれ 本人から聞いたの?」
小林「いや、新田さんが言ってました」
尾形「新田さんなんでそんなこと知ってるんだよwww」

 

 

横で聴きながらうまーく脱線してていいなと思ってました。

 

 

おわり

『打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?』は『君の名は。』ではない

 

ネタバレしています。

一応、原作*1の内容は軽く説明していますが、書いている人間が原作を観ているので、観ていない人にはわかりにくい部分が必ずあります。

下は私が観た「原作」と呼ぶ作品です。

 

打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか? - New Color Grading -」をU-NEXTで視聴 http://video.unext.jp/title/SID0030635?utm_source=twitter&utm_medium=social&utm_campaign=nonad-sns 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いやー、楽しみで楽しみで!今日観てきたので色々とお話ししようと思います。

リリィ・シュシュのすべて』『リップヴァンウィンクルの花嫁』で有名な岩井俊二監督のスペシャルドラマが原作でした。

 

原作観ましたし、岩井俊二監督作品は結構好きなので他にも何作品か見てますが、『打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?』も「ミステリアスなヒロインがわけのわかっていない主人公を連れ回し、なんやかんやで主人公も楽しんでいい感じになったところでヒロインが唐突に退場する」あたりとか、横臥するヒロインに這う虫とか、特に割と最近観た『リップヴァンウィンクルの花嫁』に似てる点が散見されて、絵の美しさと共に、岩井俊二だなぁ!と思ってそれはそれは面白く観ました。

 

 アニメ版はネットではなんだか色々と叩かれていますが、私が言いたいのは3点です。

原作厨であることを認めつつ、進めたいと思います。

  1. なぜタイムリープにしたのか
  2. なぜ夜のプールのシーケンスをカットしたのか
  3. なぜそんなに花火を乱れ打つのか

 

(よかった!と思ったことは後から書くことにします。)

 

・なぜタイムリープにしたのか

原作でも物語時間*2を戻すことはありましたが、その回数は1度だけ。プールでの50メートル競争の時のものです。ちなみにで話すと、あの光る石のようなものは原作には登場しません。

アニメ版では作品後半でタイムリープ前の記憶、最終的には「もしかしたら経験していたかもしれない世界線の自分」の記憶が蘇りましたが、原作では最後まで記憶は蘇りません。タイムリープというより、選択による(半ば事故ですが)別ルートを見るようなイメージです。

これは結構大きな違いで、主人公の動機が変わってしまいます。アニメ版ではこのタイムリープで「ヒロイン(なずな)を救う」という目的が非常に強くなって行きます。そうです!『君の名は。』と同じですね。

タイムリープというのは非常にうまい方法で、ヒロインや周りの人物と、主人公と観客の2つのグループの間で情報のギャップを簡単に作ることができます。この情報のギャップが重要で、主人公にとって、タイムリープ前の記憶を保持していない相手に対するもどかしさ、苦しさを、観ている私たちは主人公に寄り添うように追体験することができ、共感できるわけです。

 

「繰り返す夏休みの1日、何度でも君に恋をする。」

 

というのはこの映画のコピーですが、「繰り返す」「何度でも」は昨今のタイムリープ映画には必須の要素ですね。

 

 

ただ、これがこの作品の混乱を招いている、というのもあるのではないか?と思うのです。

特に「花火が平たい世界線」の描写なんかはなかなか強引なことをやっています。

そもそも、タイムリープそのものは過去改変のリスクはあっても、世界そのものを変えることはほとんどありえないはず。*3しかしながら、アニメ版では花火の在り方が変わってしまっています。「花火が平たく打ち上がる世界線」は過去改変の影響によるものではありませんしね。書いていて非常にややこしいわけですが、過去改変を見ていたはずが、なんだか世界そのものの改変の話をしてしまうところにわけのわからなさが存在すると思うのです。*4

正直、この世界そのものを変えてしまう大掛かりな(?)改変は如何なものだったのか?と「原作厨」という評価を甘んじて受けるほどには原作の空気感が好きな私は思うわけです。

ミステリアスな雰囲気を醸しつつ始まり、昭和の匂いさえ香る青春ものから、終盤で一気にセカイ系へ引っ張ってしまったわけです。良くも悪くも場違いな幻想的な風景、そして暴力的なまでの絵画的美しさは、観客を圧倒させるというより、唖然とさせる方に向かってしまったのではないでしょうか。

 

あれ?青春物からセカイ系…『君の名は。』…?

 

 

兎にも角にも、タイムリープは作品の本質をも改変してしまったわけです。

 

 

 

・なぜ夜のプールのシーケンスをカットしたのか

さて、作品の本質の話をすると、クライマックスのシーンで原作とアニメ版では大きく異なります。原作ではどうなっていたのか、少し振り返ってみましょう。

原作を観ていない方は、まぁ電車に乗る/乗らないまではほぼ同じと考えていただいて大丈夫です。

岩井俊二のヒロインによくあることですが、原作では、駅で電車を待ち、いよいよ電車が来たところで、典道が「おい、電車乗るんだろ、切符買うんだろ?」というと、なずなは「切符?なんのこと?」と急に始まり、「あ!バス来た!」と結構大変な思いをしながら乗ってやってきたはずのバスに戻ってしまいます。意味不明ですね、主人公も困惑していました。*5

バスに戻り、陽も落ちた街に着いた2人。夜のプールに忍び込みます。*6プールに入り、潜り、出てこないなずな。典道がちょっと不安になる頃合で出てきます。*7典道もプールに入り、はしゃぐ2人。別の場所では男子4人組が好きな人を叫びます。アニメ版でも使われた劇中歌が流れる……。

 

水面に浮かぶ2人、なんだかいい雰囲気のなか、なずなは「花火は横から見ると平べったいのかな?」と静かに話し、「今度会えたら二学期だね、楽しみだね」と微笑み、典道のもとを去っていきます。

 

なずなはここで退場します。あと数分残っていますが、それは最後の項で話すとして、この「今度会えたら二学期だね」のセリフに原作の本質が詰まっています。

 

なずなは夏休みの間に転校することが決まっており、*8アニメ版ではその理由も含め、ヒロインの口から主人公に語られます。一方、原作では、ヒロインの転校は私たち観客に語られますが、主人公には全く語られません。つまり、典道は初恋の人であろう目の前のなずなが、二学期にはもう学校にいないことを知らないわけです。助ける救う以前に知らされていないのです。

 

 

二学期になり、そわそわしながら登校してきた典道を襲うであろう喪失・寂寥・後悔、そして失恋を予感できるのは私たちだけ。

これがこの作品の本質です。

 

 

 

その本質を変えてしまったのは作品の一番いいところを変えてしまったようなもので、チープなヒロインを救うヒーローという構図に、まさに退行してしまったのは悲しいことです。

 

 

・なぜそんなに花火を乱れ打つのか

さて、プールからあがった典道は花火大会会場へと向かいます。先生が彼氏といるところとばったり会い、「花火は丸いか平たいか」と疑問を投げかけます。先生は平たい、彼氏は(こいつも先生でしたっけ)丸い*9と言い合いになり、彼氏の友人である花火職人*10を紹介してもらい、花火を真下で見ることになります。男子4人組は灯台の上で、 花火を横から見ることになります。タイトルの通りですね。

 

非常に印象的なのが、花火が作品に映るのはこの1回きりだということです。1回きりだから印象に残る。当たり前ですが、アニメ版ではバカスカとオープニングから打ちまくるわけです。当たり前ですが、これからアニメ版が始まるんだな…と思いました。

 

少し前にも書きましたが、絵の美しさが暴力的なんですよね。なんだろう、ラッセン*11の絵を見て、「これは自分が求めている綺麗さではないな…」ってなる感じに近いでしょうか。

 

原作は低予算で夜撮も技術的な限界があって、偶然に近いような感じでこうなったのかもしれませんが、それにしても私は侘び寂びを蹴飛ばされたように感じてしまうわけです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・よかったこ

あんまりゴタゴタというのも気を悪くする方をおられるでしょうし、よかったことをば。

・現代風

展開の速さは今の映画って感じがします。逆に言えばもう少し時間を取って欲しかったシーンもありましたが。ただ、正直原作のペースであの長さはまず尺がもたないでしょう。展開が遅いと言ってる人は恋愛ものを見慣れていないだけだと思います。

・中学生であったこ

原作では小学生でした。恋愛物という下敷きがあり、現代の中高生・若者がターゲットなら中学生なのは頷けます。なずなちゃんのデザインも良かったです。特に和弘(インテリオタク)のデザインが好みでしたね。

・電車に乗ったこ

乗らないのが原作なので、乗ったこと自体が嬉しかったです。原作では見えなかった展開がある!と素直にワクワクしました。

・なずなを水に浸したこ

サンダルを海中に落とし…入水…という流れはアニメ版でこれまた独特の妖艶さを放っていました。ホースの水、水泳、入水と、水の表現は本当に美しかった…。

 ・主題歌「打上花火」

これはいい曲ですね。『何者』といい、東宝は積極的に米津玄師を起用します。米津玄師はそこまでよく知るわけではありませんが、いいものはいい。

エンドロールへの繋ぎも好きです。

 

 

 

 

と、まぁ色々と書いてみましたが、いざ書いてみて思うことは、原作では『君の名は。』とは大きくことなるものを描いているのに、アニメ版では『君の名は。』に相当引っ張られていることです。

身体と頭で作品の本質が変わっており、『君の名は。』を期待した人はナンジャコリャ、岩井俊二好きはそもそもアニメ映画を観る歳じゃない…というどっちつかずになっているように感じます。

 

流行りのタイムリープ広瀬すず菅田将暉*12、悪いところにスイッチが入ったのでしょうか。

 

 

 

 

 

『打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?』は『君の名は。』ではありません。作られた時代背景も、監督も、ほとんどが異なるものです。

しかしながら、『君の名は。』に、必要以上に多大な影響を受けてしまった作品だったと言えるのではないでしょうか。*13

 

 

 

 

 

*1:岩井俊二監督のスペシャルドラマ版、私はU-NEXTでNew Color Grading版を観ました。

*2:物語内での時間軸のことです。

*3:世界そのものの改変を崩壊という見方で考えると、ハリウッド映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』では同じ世界線に2人の人間が存在できる設定だったので、その2人が出会うと因果律が崩壊、宇宙が崩壊する、という説明があります。

*4:それでも祐介ですかね、恋敵の発言で世界線の内容がわかるものにはなってるのが面白く感じました。

*5:何度でも言いますが、ミステリアスなヒロインというのは岩井俊二作品で切っても切れない関係にあると言えます。アスペルガー?違います。ミステリアスなんです。

*6:ここでの「これじゃ泥棒だな…」に「泥棒もいいな、泥棒になろうかな」となずなが返すところが本当に好きです。女の子が夜の学校に忍び込み、泥棒になろうかな?と話す絵、最高過ぎやしませんか?

*7:この辺り、女性の入水自殺(未遂)は源氏物語の宇治十帖からずっと日本人的な感性でロマンチックなんだな、と改めて思います。映画史的に有名なところだと溝口健二の『山椒大夫』とかそうですね。今原作を見返しながら、波紋のようなものが広がる世界線はプールの水面に浮かぶ波紋なのかもしれない、と思いました。

*8:原作では親の離婚、アニメ版では親の再婚

*9:ここで彼氏は火薬が爆発するんだから丸に決まってると言い、先生は団扇を例に反論します。ここの話がアニメ版ではよく使われました。

*10:このキャラ大好きです

*11:クリスチャン・ラッセン。イルカの絵とか有名ですね。ゴッホとかピカソより普通に好かれている画家です。

*12:申し訳ないですが彼の演技がダントツワーストだったと思います。

*13:言うまでもなく川村さんの影響はありましょうが。

夕飯時、とある中華料理店で

 

ある中華料理店、混み合った夕飯時のある席に、年老いた女性と化粧の濃い女性が向かい合わせで座っている。母娘だろう、というのは直感と目尻の形でわかる。

 

娘は麻婆豆腐定食を、母は小さなチャーハン、そして餃子、取り皿を頼んだ。

大学生のアルバイトだろうか、男の子が一度も目の前の客を見ることなく、慣れた手つきで機械を操作し、そのオーダーを受ける。

 

少しするとその店員が料理を持ってくる。トレーにいっぱいになった皿を並べていく。麻婆豆腐、そのご飯、スープ、小さく盛られたチャーハン、餃子。

テーブルに置いた拍子でスープが少し溢れる。添えられていたレンゲに滴り、黄色く滲む。

 

「ご注文はこれでお揃いでしょうか?」

 

店員がオーダーの書かれた紙を見ながら言う。

紙は何かの油で隅が濡れている。

 

「取り皿忘れてる!」

 

ピシリとまだ若い方の女性が言う。

向かいの女性は店員の手をじっと見つめている。

 

店員は短く謝ると、そそくさと裏へ戻り、取り皿を持ってくる。

ちょっとした平皿。何にでも使えそうな小皿である。

 

女性はどうやら気に入らなかったようで、店員に突っかかる。

「何このお皿!」

「はぁ…」

「麻婆豆腐を入れるのにこんな底の浅い皿だったら溢れるでしょう!」

「え?、あぁ、はぁ、申し訳ございません、他のものを…」

「だいたい、お母さんがこんな小さなチャーハンじゃあお腹空いちゃうと思って取り皿を頼んだのよ?私がこんなに食べるわけないじゃない!」

 

女性は止まらない。

 

「スープも溢れてるし、これじゃレンゲの持つところが汚いじゃない!」

「この店は接客がなってない!あなたもずーっと下向いてボソボソ話してるだけ!」

「なんかもうこのメニュー表もギトギトしてるし……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

相手に想像を強いておいて、自分は相手のことを全く考えていない例は結構ある。

 

店員は取り皿は餃子に使われると想像した。だが、女性は母娘の食べる量を想像しろ、と言う。

火がつけば燃え広がるもので、文句に文句がくっつき、何を言いたかったかなんてこと、最後にはもうどうでもよくなっている。

 

人のことを考えて発言をする。これは言葉を話し始めた頃からずっと言われ続けることだが、これが出来ている人は案外少ない。

「私はこう考える」が長年の経験において裏打ちされ、「人のことを考える」から」こう考えねば人ではない」というところに行ってしまう。

 

横で黙々と回鍋肉定食をかっこむ私ですら、その女性2人組の背景や考え、境遇などこれっぽっちも考えることなく、こうやって鬼の首を取ったような勢いでこういうところに書いてしまう。

 

 

次は自分の番かもしれない。

 

 

 

 

 

クワガタの話

夏になると思い出すことがある。

 

小学生の頃、北海道へ旅行をした折にミヤマクワガタを捕まえたことがある。

ミヤマクワガタは日本にいるクワガタにしては結構かっこいい見た目をしていて、まぁノコギリクワガタやオオクワガタなんかには人気では劣るが、逆にその少しハズした感じが「差をつけたい」小学生の私にとってぴったりだった。

 

私は捕まえたミヤマクワガタを飼おうと虫かごにいれ、関東の実家へ持ち帰る。

帰路の車に揺られながら、ミヤマクワガタへのストレスみたいなものを子どもなりに案じていた。

 

帰宅すると早速ミヤマクワガタの新居を構えた。

大きめの水槽に砂を敷き詰め、買ってきた木の棒の形をしたゼリー受けを静かに置く。

 

名前はスタッグ、と付けた。

クワガタを英訳するとStagだからだ。

安直で名前負けしそうだが、イケメンなミヤマクワガタにはいい名前だと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

約10日後には動きが悪くなり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう10日も過ぎるとまったく動かなくなり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さらにもう10日もしたからきっと、庭の肥料になり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その数年後、庭はコンクリートで固められて駐輪スペースになった。

 

アニメレビューショウ 『正解するカド』

正解するカド

 

どうも、「よかった!」とは大きい声では言えない作品である。

 

老舗、東映アニメーションのオリジナルアニメ。そしてなぜか製作にはいっている木下グループ。

ポリゴンピクチュアズに負けじと3DCGで殴り込みをかける最先端のアニメ。

 

のはずだった。

 

フタを開けると、結局なんのジャンルに当てはまる作品なのかわからない、得体の知れないものがそこにはあった。

 

木下グループが製作に入り、0話では交渉官と町工場のやりとりが中心だったように、少し前にテレビドラマで流行った「官僚もの」のテイストを感じさせていた。

もちろんそれはフェイクで、結局はヤハクィザシュニナという、自分でもなぜ言えているのかわからないほど難解な名前のキャラクターによってリセットされる。

 

そうなると、ザシュニナ君つまり異方の人、まぁ宇宙人(全然違うけど)が、人類と出会って…というのを考える。この考えは物語を通して誰が変化するか?という点において整理できる。

主人公(人間)と宇宙人、そして世間である。

主人公が変化するのは当然だが、宇宙人に対して最初は否定的だった人が、友好関係になり、最後のお別れは悲しむ、というストーリーが展開されることが多い。スティーブン・スピルバーグE.T.』あたりがその好例だろう。

 

 

人と人、あるいは宇宙人、という点と線の関係から、「世間」という枠組みで語られるようになったのはここ最近になってからだと思う。というのも、SNSのような高速で拡散性の高いツールの存在と、宇宙人のような「異物」のあり方が、リテラシーなんかと共に問われる時代になったからだ。インフラ系SF、とでも呼ぼうか。

過度に進化したネットインフラとその世間を描いた作品だと『ガッチャマンクラウズ インサイト』あたりが挙げられるだろうか。社会に対して今よりももっと優れている(はずの)インフラを「異物」が提供する。それに対して社会がどう受容するか、するべきなのか。そういう点に焦点が当てられる。

 

正解するカド』もそういうところがある。エネルギー革命を起こせるテクノロジー、労働そのものも見方を変えるテクノロジーがどのような影響を与えるか。官僚たる主人公たちはそれを俯瞰しつつ、適切な対応をする…。

しかしながら、悲しいことに、それらしいシーンがあったのは「ワム」が与えられた時のアメリカの介入、程度である。それもいきなり最後通牒をちらつかせるなど、幼稚なものだった。あの辺りで気がつくべきだった。「そういうことがテーマではないのだ」と。

 

正解するカド』において、SNSやネットインフラの存在は、「情報を拡げるのに便利なもの」程度の認識だ。世界最大のプラットフォームとされるSettenの存在も、政府のコントロールできない状況を創り出すための演出上の装置でしかなかった。

 

 

 

 

 

物語の終盤、とっておきのサプライズ・ポイントはテレビに何かを投げつけたくなる気持ちにさせた。

 

ワムがここにあればよかったのに。投げられる。

 

 

 

……オーバーテクノロジーと社会の話ではなかった!騙された!、というのがそのサプライズ・ポイントを経た最初の感想である。

 

 

 

最後の数話で、綺麗な女の子が戦うところを観るアニメになり、戦闘が始まるかと思ったらすぐ終わり、紆余曲折があって恋愛ものになって、突如『アイアンマン』が始まったと思ったらホモアニメ、そして最後はとってつけたような家族愛とヒューマンドラマ。

 

 

今まで10話以上かけて積み上げてきたものを壊してまでやることだったのか、というと大きな疑問が残る。

故意に視聴者を置いてけぼりにする作品はあれど、それはあくまで作品を探索させる、分析させる余地を残しての場合のみ成立する。リンチの『マルホランドドライブ』、あるいはフィンチャーの『ゴーン・ガール』などがその例だ。

無論、『正解するカド』はそれらに値しない。高尚な余韻も、ライトノベルライクでチャチな恋愛関係と今となってはノイズと化した萌え要素によって消え去るからだ。

 

 

38次元だか何次元だったかもはやどうでもいいことだが、そこまで飛んで行って「結局なんにも残りませんでした」と済まされるものなのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界一漢字変換の難しいヒロインであるツカエさんが可愛いということ以外に、取り立てて素晴らしい点はあっただろうか。

もちろん、可愛さを伝えにくい3DCGにおいて「可愛い」と思わせる技術は賞賛されるべきだ。

 

 

しかしながら、最後の最後まで「どういう作品なのか」がわかりにくい作品だった。

何を描きたいのか、どういう話なのか。

もちろん、特定のジャンルに拘泥する気はないが、私が言いたいのは作品の一貫性の無さである。

 

身体論だとか、切り分けようと思えばそれこそたくさんの要素に溢れる作品ではあった。細部を見れば興味深い作品なのだ。

ただ、細部だけで満足するならばその手の論文を読めば事足りるし、そういう見方をすると「実験映画」だとか、「卒業制作」だとか、テレビ放映されたアニメには不名誉な熟語が頭をよぎる。

 

 

 

 

オーバーテクノロジーを与えられた人類にとっての「正解」とはなんだったのか、ヤハクィザシュニナによる意味深な発言は、彼自身が人間性を会得することでなかったことになった。

彼が犠牲となり得たものは異方の人間と人類の共存、つまりはあの女の子なのだろうか。

もし異方との共存のあり方が混血によって綯交ぜになることなら、それはムラートだとかメスチソの話であって、わざわざ10数話のアニメでやることはなかったのだ。 

 

UFOやUMAの証言が取り留めもないように、『正解するカド』もまた取り留めのない、世界に転がっている「あまりオススメしないアニメ」の一つになってしまった。

 

 

 

 

 

 

空手をやっていました、という話

 

自分は決して背の高い方ではなく、むしろずっと小さいままに今までの人生の大半を過ごしていた。

成人式で最も言われた言葉1位は「背が高くなったね!」だった。

 

そんな華奢な自分。空手をやっていた時期がある。小1-4で割りと長いことやっていた。

4年やって面白さが全くわからず、結局嫌になって辞めてしまった。

帯の色は緑で終わった。ちなみにその道場だと次が茶色、その上が黒である。

 

帯の色というのは面白いもので、その人の強さ、経験をはっきりと表す。ガキンチョでもわかる力と階級の世界だ。

白、黄、青、緑、茶、黒、こういう順番だったと10年経った今でも記憶しているほどには印象に残っている。

ちなみに黒の上はまた白に戻る。黒帯が擦り切れに擦り切れて白くなるのだ。そういう人は道場に何名かいたが非常にかっこよかった。

 

 

空手を習ったことのある人は意外に多いと思う。

空手は形式が2つあり、「型」と「組手」がある。

「型」は個人競技だ。技の構成が決められており、それを試技して審査員に評価を受ける。

まさに型を美しく、たくましく行うことに意味がある。

今思えば武道の真髄を示すようで実にかっこいいものだが、小学生の自分、そんな良さなんかわからない。

ダンスだと思っていた。

 

ただ、昇級には型を覚える必要があり、試験前は必死になって覚えた。同期の子には絶対に負けたくなかった。

 

 

結局、自分は組手しか好きになれなかった。

組手は言うまでもなく殴り合いである。ポイント制だったか柔道や剣道のような形だったかは忘れたが、顔に装着された面(防具)を叩き殴ればいいのである。*1

この面が曲者で、顔を守るために作られているものだが、顔に強く固定されているので、殴られると痛くはないが衝撃でものすごく揺れる。

で、行き場を失った衝撃は顎をはじめとする際の方へ逃げていくので、結局痛い。

剣道の防具をつけた時に驚いた。ぶっ叩かれても痛くないとは!

 

 

当時の自分には戦法があった。

試合はじめの声の直後、迅雷の如く相手に猛進(盲進)し、一撃で勝負を決める、というものだ。

先手必勝、一撃必殺。

二撃目を想定せず、敵の出鼻を挫きに挫く。

「一の太刀を疑わず」とされた薩摩の示現流*2を彷彿とさせる必殺の戦法である。齢九つやそこらの人間がその境地に達するとは、東郷重位*3も現世にいれば舌を巻いたであろう。

 

 

……ようは真っ直ぐ突っ込んで殴るわけだ。

これが初手だと案外効く。普通は様子を見るから。

ただ所詮はアホな小学生の浅知恵に過ぎず、かわされたり失敗すれば手痛い反撃を受ける。諸刃の剣…というかギャンブルである。

 

 

空手は武道…ざっくりとスポーツなので大会もある。

型は一度出たきりだった。当時はダンスとほぼ同じ認識だった。

だいたい1回戦に勝ち、2回戦で上級生と当たって負ける、というのを何度もやった。

空手家としては全く芽は出なかった。

出す気もなかった。

 

 

辞めた理由はいくつかあるが、つまりは空手があまり好きではなかったというのが一番だった。

練習ではどうサボるか、どう時間を過ごすかを考えていたし、冬場でも裸足でなければいけないのが堪えた。

 

 

今となってはなぜ空手を始めたのかも定かではない。

当時は友だちもいた。男の子1人、女の子1人。三人組でいつもいたがあの2人が今なにしているかはわからない。女の子の名前だけは思い出せる。空手の先生が「そんなことやってると本に挟むぞ!」というジョークを話していたことを未だに覚えているからだ。オヤジギャグも侮れない。

 

 

 

得たものはよくわからないし、今や本当に自分が空手教室に通っていたのかさえ何だか捉えきれない思い出になってしまった。

 

ただまぁ、夏の夜の道場から帰るとき、木に吊るされた提灯の灯りとそれに照らされる石畳、そこに映える鮮やかな白色の道着、各々が蒸れた布の匂いを漂わせながら薄暗い道を歩いて行く様は(かなり)美化されつつも心象風景のひとつとして自分のなかに残っている。

 

 

 

*1:極真空手ではその面すらなしでやり合うのだからものすごい。あまりよく知らないが…。

*2:薩摩藩を中心に栄えた古流剣術。『先手必勝』を旨とし、「キィエーイ!」と激しく声を発しながら斬り込むことで有名。

*3:示現流の流祖。戦国時代から江戸時代の人で、島津氏に仕えた。