たにしろぐ

日記というより備忘録です。

『打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?』は『君の名は。』ではない

 

ネタバレしています。

一応、原作*1の内容は軽く説明していますが、書いている人間が原作を観ているので、観ていない人にはわかりにくい部分が必ずあります。

下は私が観た「原作」と呼ぶ作品です。

 

打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか? - New Color Grading -」をU-NEXTで視聴 http://video.unext.jp/title/SID0030635?utm_source=twitter&utm_medium=social&utm_campaign=nonad-sns 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いやー、楽しみで楽しみで!今日観てきたので色々とお話ししようと思います。

リリィ・シュシュのすべて』『リップヴァンウィンクルの花嫁』で有名な岩井俊二監督のスペシャルドラマが原作でした。

 

原作観ましたし、岩井俊二監督作品は結構好きなので他にも何作品か見てますが、『打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?』も「ミステリアスなヒロインがわけのわかっていない主人公を連れ回し、なんやかんやで主人公も楽しんでいい感じになったところでヒロインが唐突に退場する」あたりとか、横臥するヒロインに這う虫とか、特に割と最近観た『リップヴァンウィンクルの花嫁』に似てる点が散見されて、絵の美しさと共に、岩井俊二だなぁ!と思ってそれはそれは面白く観ました。

 

 アニメ版はネットではなんだか色々と叩かれていますが、私が言いたいのは3点です。

原作厨であることを認めつつ、進めたいと思います。

  1. なぜタイムリープにしたのか
  2. なぜ夜のプールのシーケンスをカットしたのか
  3. なぜそんなに花火を乱れ打つのか

 

(よかった!と思ったことは後から書くことにします。)

 

・なぜタイムリープにしたのか

原作でも物語時間*2を戻すことはありましたが、その回数は1度だけ。プールでの50メートル競争の時のものです。ちなみにで話すと、あの光る石のようなものは原作には登場しません。

アニメ版では作品後半でタイムリープ前の記憶、最終的には「もしかしたら経験していたかもしれない世界線の自分」の記憶が蘇りましたが、原作では最後まで記憶は蘇りません。タイムリープというより、選択による(半ば事故ですが)別ルートを見るようなイメージです。

これは結構大きな違いで、主人公の動機が変わってしまいます。アニメ版ではこのタイムリープで「ヒロイン(なずな)を救う」という目的が非常に強くなって行きます。そうです!『君の名は。』と同じですね。

タイムリープというのは非常にうまい方法で、ヒロインや周りの人物と、主人公と観客の2つのグループの間で情報のギャップを簡単に作ることができます。この情報のギャップが重要で、主人公にとって、タイムリープ前の記憶を保持していない相手に対するもどかしさ、苦しさを、観ている私たちは主人公に寄り添うように追体験することができ、共感できるわけです。

 

「繰り返す夏休みの1日、何度でも君に恋をする。」

 

というのはこの映画のコピーですが、「繰り返す」「何度でも」は昨今のタイムリープ映画には必須の要素ですね。

 

 

ただ、これがこの作品の混乱を招いている、というのもあるのではないか?と思うのです。

特に「花火が平たい世界線」の描写なんかはなかなか強引なことをやっています。

そもそも、タイムリープそのものは過去改変のリスクはあっても、世界そのものを変えることはほとんどありえないはず。*3しかしながら、アニメ版では花火の在り方が変わってしまっています。「花火が平たく打ち上がる世界線」は過去改変の影響によるものではありませんしね。書いていて非常にややこしいわけですが、過去改変を見ていたはずが、なんだか世界そのものの改変の話をしてしまうところにわけのわからなさが存在すると思うのです。*4

正直、この世界そのものを変えてしまう大掛かりな(?)改変は如何なものだったのか?と「原作厨」という評価を甘んじて受けるほどには原作の空気感が好きな私は思うわけです。

ミステリアスな雰囲気を醸しつつ始まり、昭和の匂いさえ香る青春ものから、終盤で一気にセカイ系へ引っ張ってしまったわけです。良くも悪くも場違いな幻想的な風景、そして暴力的なまでの絵画的美しさは、観客を圧倒させるというより、唖然とさせる方に向かってしまったのではないでしょうか。

 

あれ?青春物からセカイ系…『君の名は。』…?

 

 

兎にも角にも、タイムリープは作品の本質をも改変してしまったわけです。

 

 

 

・なぜ夜のプールのシーケンスをカットしたのか

さて、作品の本質の話をすると、クライマックスのシーンで原作とアニメ版では大きく異なります。原作ではどうなっていたのか、少し振り返ってみましょう。

原作を観ていない方は、まぁ電車に乗る/乗らないまではほぼ同じと考えていただいて大丈夫です。

岩井俊二のヒロインによくあることですが、原作では、駅で電車を待ち、いよいよ電車が来たところで、典道が「おい、電車乗るんだろ、切符買うんだろ?」というと、なずなは「切符?なんのこと?」と急に始まり、「あ!バス来た!」と結構大変な思いをしながら乗ってやってきたはずのバスに戻ってしまいます。意味不明ですね、主人公も困惑していました。*5

バスに戻り、陽も落ちた街に着いた2人。夜のプールに忍び込みます。*6プールに入り、潜り、出てこないなずな。典道がちょっと不安になる頃合で出てきます。*7典道もプールに入り、はしゃぐ2人。別の場所では男子4人組が好きな人を叫びます。アニメ版でも使われた劇中歌が流れる……。

 

水面に浮かぶ2人、なんだかいい雰囲気のなか、なずなは「花火は横から見ると平べったいのかな?」と静かに話し、「今度会えたら二学期だね、楽しみだね」と微笑み、典道のもとを去っていきます。

 

なずなはここで退場します。あと数分残っていますが、それは最後の項で話すとして、この「今度会えたら二学期だね」のセリフに原作の本質が詰まっています。

 

なずなは夏休みの間に転校することが決まっており、*8アニメ版ではその理由も含め、ヒロインの口から主人公に語られます。一方、原作では、ヒロインの転校は私たち観客に語られますが、主人公には全く語られません。つまり、典道は初恋の人であろう目の前のなずなが、二学期にはもう学校にいないことを知らないわけです。助ける救う以前に知らされていないのです。

 

 

二学期になり、そわそわしながら登校してきた典道を襲うであろう喪失・寂寥・後悔、そして失恋を予感できるのは私たちだけ。

これがこの作品の本質です。

 

 

 

その本質を変えてしまったのは作品の一番いいところを変えてしまったようなもので、チープなヒロインを救うヒーローという構図に、まさに退行してしまったのは悲しいことです。

 

 

・なぜそんなに花火を乱れ打つのか

さて、プールからあがった典道は花火大会会場へと向かいます。先生が彼氏といるところとばったり会い、「花火は丸いか平たいか」と疑問を投げかけます。先生は平たい、彼氏は(こいつも先生でしたっけ)丸い*9と言い合いになり、彼氏の友人である花火職人*10を紹介してもらい、花火を真下で見ることになります。男子4人組は灯台の上で、 花火を横から見ることになります。タイトルの通りですね。

 

非常に印象的なのが、花火が作品に映るのはこの1回きりだということです。1回きりだから印象に残る。当たり前ですが、アニメ版ではバカスカとオープニングから打ちまくるわけです。当たり前ですが、これからアニメ版が始まるんだな…と思いました。

 

少し前にも書きましたが、絵の美しさが暴力的なんですよね。なんだろう、ラッセン*11の絵を見て、「これは自分が求めている綺麗さではないな…」ってなる感じに近いでしょうか。

 

原作は低予算で夜撮も技術的な限界があって、偶然に近いような感じでこうなったのかもしれませんが、それにしても私は侘び寂びを蹴飛ばされたように感じてしまうわけです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・よかったこ

あんまりゴタゴタというのも気を悪くする方をおられるでしょうし、よかったことをば。

・現代風

展開の速さは今の映画って感じがします。逆に言えばもう少し時間を取って欲しかったシーンもありましたが。ただ、正直原作のペースであの長さはまず尺がもたないでしょう。展開が遅いと言ってる人は恋愛ものを見慣れていないだけだと思います。

・中学生であったこ

原作では小学生でした。恋愛物という下敷きがあり、現代の中高生・若者がターゲットなら中学生なのは頷けます。なずなちゃんのデザインも良かったです。特に和弘(インテリオタク)のデザインが好みでしたね。

・電車に乗ったこ

乗らないのが原作なので、乗ったこと自体が嬉しかったです。原作では見えなかった展開がある!と素直にワクワクしました。

・なずなを水に浸したこ

サンダルを海中に落とし…入水…という流れはアニメ版でこれまた独特の妖艶さを放っていました。ホースの水、水泳、入水と、水の表現は本当に美しかった…。

 ・主題歌「打上花火」

これはいい曲ですね。『何者』といい、東宝は積極的に米津玄師を起用します。米津玄師はそこまでよく知るわけではありませんが、いいものはいい。

エンドロールへの繋ぎも好きです。

 

 

 

 

と、まぁ色々と書いてみましたが、いざ書いてみて思うことは、原作では『君の名は。』とは大きくことなるものを描いているのに、アニメ版では『君の名は。』に相当引っ張られていることです。

身体と頭で作品の本質が変わっており、『君の名は。』を期待した人はナンジャコリャ、岩井俊二好きはそもそもアニメ映画を観る歳じゃない…というどっちつかずになっているように感じます。

 

流行りのタイムリープ広瀬すず菅田将暉*12、悪いところにスイッチが入ったのでしょうか。

 

 

 

 

 

『打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?』は『君の名は。』ではありません。作られた時代背景も、監督も、ほとんどが異なるものです。

しかしながら、『君の名は。』に、必要以上に多大な影響を受けてしまった作品だったと言えるのではないでしょうか。*13

 

 

 

 

 

*1:岩井俊二監督のスペシャルドラマ版、私はU-NEXTでNew Color Grading版を観ました。

*2:物語内での時間軸のことです。

*3:世界そのものの改変を崩壊という見方で考えると、ハリウッド映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』では同じ世界線に2人の人間が存在できる設定だったので、その2人が出会うと因果律が崩壊、宇宙が崩壊する、という説明があります。

*4:それでも祐介ですかね、恋敵の発言で世界線の内容がわかるものにはなってるのが面白く感じました。

*5:何度でも言いますが、ミステリアスなヒロインというのは岩井俊二作品で切っても切れない関係にあると言えます。アスペルガー?違います。ミステリアスなんです。

*6:ここでの「これじゃ泥棒だな…」に「泥棒もいいな、泥棒になろうかな」となずなが返すところが本当に好きです。女の子が夜の学校に忍び込み、泥棒になろうかな?と話す絵、最高過ぎやしませんか?

*7:この辺り、女性の入水自殺(未遂)は源氏物語の宇治十帖からずっと日本人的な感性でロマンチックなんだな、と改めて思います。映画史的に有名なところだと溝口健二の『山椒大夫』とかそうですね。今原作を見返しながら、波紋のようなものが広がる世界線はプールの水面に浮かぶ波紋なのかもしれない、と思いました。

*8:原作では親の離婚、アニメ版では親の再婚

*9:ここで彼氏は火薬が爆発するんだから丸に決まってると言い、先生は団扇を例に反論します。ここの話がアニメ版ではよく使われました。

*10:このキャラ大好きです

*11:クリスチャン・ラッセン。イルカの絵とか有名ですね。ゴッホとかピカソより普通に好かれている画家です。

*12:申し訳ないですが彼の演技がダントツワーストだったと思います。

*13:言うまでもなく川村さんの影響はありましょうが。