ある冬の日のインターンの話
6月になり、自分の次の世代の就活が始まった。
「サマーインターン」という懐かしワードに触発され、冬に行ったインターンの話をしようと思う。
就活がいよいよ始まるという2月の中旬、私は1日限定のインターンに参加すべく東京にいた。
スーツだけではまだ寒く、私はコートを着ていたが、当時はスーツ用のコート*1を持っていなかったので大学に着ていくような普通のコートを着ていた。
時間は集合10分前。受付に向かうと女性社員が立っていて、グループワークの班に案内してくれた。
スーツ用でないコートが大量の毛玉を出し、脱いだ時には毛塗れのスーツに閉口しつつ、バシバシとスーツを叩きながら自己紹介をする。
「○○大学、○○です。今日はよろしくお願いします。」
特別変わったことは言わなかった。
すると、班での自己紹介はまだだったようで、左隣の女の子が自己紹介をする。そのまま時計回りで自己紹介をしていく。総勢7名。
斜向かいの男の子は大隈大学だそうだ。
大隈大学*2の友達は多いな、と考えていると、他の班のお喋りが聞こえてくる。
「どこから来たの?」「私、千葉」「えー!私も千葉!千葉のどこ?」
その話膨らましてなにが面白いのかなぁ…と考えていたら前で社員が喋りはじめた。
インターンが開始された。
先ほどとは異なる側のお隣、つまり私の右側にはこれまた女の子が座っていた。
美人である。*3
大学のランクは周りの人間とは少し落ちるものの、スーツ姿になんとなく気品を感じていた。
人間、育ちは存外出るものだ。
文具の質、文字の書き方、書く時の姿勢、
所作の丁寧さやその意味の有無など、無意識だがしっかりと人が出てくる。
グループワークが始まる。
詳しくは覚えてないが、データを基にクライアントへの提案・発表を行う、というものだった。
始め、の合図とともに大隈大学の彼が話し始める。
どうやら彼はイニチアシブ*4をとりたいらしい。
イニチアシブはいいが、優秀な人がやらねば全く意味のないものになる。
…でも大隈大学か、優秀なのかな。
ライバルになるような学歴の人間はいないし、 彼に任せることにした。
私は配布されたデータを基に、まずは議論の路線を提示することにした。
だが、半分くらい話したところで必ず大隈大学の彼に遮られてしまう。
「あ!!うん!!そうそう!そのデータが…!」
いいから聞いてくれ…
やりとりを3回くらいしたところで、私はもう嫌になっていた。やりたい人がいるなら任せよう、敵視されて意見を通されないくらいなら大人になろう、な?と、自分に言い聞かせる。
ふと、右側の女の子を見てみる。
手元のデータの見方に四苦八苦しているようだった。
失礼かな?と思いながら横から、簡単に説明する。職業柄、説明するのには慣れているからだろうか、しっかり伝わったようで、感謝された。
一瞬、缶コーヒーを例に持ち出して説明をしようとしたが、もしめちゃくちゃなお嬢様で、「あら、私、コンビニエンスストアは使ったことがなくてよ。いつもお父様が淹れてくださる、現地で豆からこだわったグァテマラ産のコーヒーしか飲まないの」とか言われたらどうしようかと思ったが。
…杞憂だった。
とても感謝された。
美人に感謝されるに吝かでない。
とはいえ、データを読み取れないのは女の子にとってもツラいだろう。
議論はデータをもって進められる。そのデータを読み取れないのは議論の基盤についていけないことに繋がり、つまるところ落伍を意味する。
そうなると彼女は今日ここに来た意味はなくなるわけで、その労力も、金も、化粧も、心の準備も、まったくの無駄になる。
それはかわいそうだ、と変な視座から考える。
私はもう完全に風見鶏を決め込んでいたし、説明の間に他の5人で議論が進んでいて今更話を聞くわけにも戻すわけにもいかない。
無駄にしつつあるのは自分の方だとも思った。
この1日、この美人に賭すか…とかアホなことを考えていた。
私は彼女を援護しつつ、(自分にとっては)控えめな態度で意見を奏上した。言いたいことはいくらでもあった。議論の進め方、発表用模造紙のデザイン、そもそもの結論、不慣れなグループワークにストレスを感じる。
なんやかんやあって、女の子は模造紙へ文字を書く役割を担えたようだ。
字は特別綺麗ではなかったが、要所要所を締めた実に読みやすい字だった。
大隈大学の彼はと言うと、発表をする役割に立候補し、発表用原稿を書いていた。
「何か手伝おうか?」と訊くも、無視。
俺が一体何したんだ?と困惑するしかなかった。
結局、なんの役割も担えなかったのは自分だった。
発表は滞りなく終わった。
そこまでいいものではなかったが、他の班も大概で、企業側もまぁこんなもんだよな、という反応だった。
世界一適当な「お疲れ様でした」がグループ内で飛び交う。
プレゼン発表を見ていていつも思うが、わずか5分ばかりの発表のなかで、前半と後半で発表者をわけるのは意味がわからない。
代表者(発表者)は1人で十分だと思う。
なにより時間がもったいないし、聞く方は前半と後半で分業がなされていて、各々の部署から代表者を1名ずつ立てたのかな?と感じる。もし後者ならそれはグループワークの意味がなくなるのだが。
結局、どうも茶番のような形でインターンが終わってしまった。
企業側も学生側もマイナスなイメージを持たれたくない。そうすると自然と生温いものになる。
残念だな、と思いながら班員に挨拶し、もはや居心地の悪くなりつつあった自席からそそくさとビルの外へ出ると、もう夜になっていた。
ビル群の夜は嫌いじゃなかった。
寒いな、とコートを着ていると、先ほどの女の子が遅れて出てきた。
私と目が合うと「お疲れー!」とこっちにやってくる。
表情だけでリアクション。
とっさのことで、声はなかなか出てくれない。
やっと、「駅、向こう?」と訊く。
どうやら同じ駅のようだ。一緒に歩き出す。
先ほどの班で左側にいた女の子が視界の隅にチラッと見えた。
……見えただけにした。
インターン会場は幾つかの駅の間にあり、アクセスそのものは便利だったがそのぶん各駅までは少し歩くことになる。
駅までは話す時間が少しある。
インターンあるあるだろう。
女の子は思っていたより多弁で、色々と話してくれた。
広告代理店に勤めたいこと、姉がいて、ブラック企業に入社してしまっていたこと、サークルのこと、学校のこと。
なんとなくお嬢様なのだな、と重ねて思った。
余裕があるし、初対面の人に自分の家族の話をするのはなかなか珍しい。
表現しがたいが、「自分という存在が好意的に受け取られている」ことを前提にした話し方だった。
美人なのもあって、話すのは楽しかった。
興味の分野も共通するところはあり、合わせていくと本当に色々と話してくれた。
ところどころ住んでいる世界が違うな、と感じるのもまたよかった。
アインシュタインよろしく、*5楽しい時間は過ぎ去るもので、駅に着いた。
女の子は「○○行きだよ」と話す。○○はセレブな街で有名な場所だった。東京の西の方へ行くらしい。
なるほどな、と思いつつ、同じように答えなければならなくなった自分の行き先を呪った。
行き先となる埼玉の北の方の地名はどれも田舎臭い。
終点となりそうな北の方でなくても、全体的に埼玉感が出てしまう。
ひとしきり悩んで、「北のほう」とだけ言っておいた。
なんだそりゃ
言ってからなんだか古いドラマみたいだな、と思った。*6
私はご飯に誘ったり連絡先を聞いたりする不埒な輩ではないので(勇気もないのだが)そこでお別れをした。
なんとなく不思議な気分だった。
就活をしていると、色々な人々の人生に出会う。
ほとんどが一期一会だが、それぞれの出会いが実に小さいながらもお互いに影響を及ぼしあっている。
出会いが云々と高説垂れる気はないが、人生のすれ違い、残像を重ねるようで面白い体験だった。
結局、そのインターン先の御社はエントリーしなかった。受ける業種も異なるので、班員やあの女の子とはもう二度と会わないだろう。
一期一会とはそういうものだが、悪い気持ちはしなかった。
ただ、コートをもっとキチンとしたものにした方がよかったかな、と電車に揺られながら考えるのだった。
*2:わかるとは思うが、クマがマスコットで高田馬場にある大学のことである。スクールカラーは臙脂色
*3:実際には「うっわ!かわい!」という反応
*4:この場合、マウントとも言う
*5:アインシュタインは構築した相対性理論に関して、「熱いストーブの上に1分間手を当ててみて下さい、まるで1時間位に感じられる。では可愛い女の子と一緒に1時間座っているとどうだろう、まるで1分間ぐらいにしか感じられない。それが相対性です」とのユニークな言葉を残している。出典はWikipedia
*6:具体的には『あまちゃん』の「潮騒のメモリー」の一節、「北へ帰るの 誰にも会わずに 低気圧に乗って 北へ向かうわ」の部分、そしてそのパロディ元の「津軽海峡冬景色」(石川さゆり)「高気圧ガール」(山下達郎)。